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■■■ 六章 雷鳴駆けて天を裂く (1) [ きみのたたかいのうた ]
カカシは笑んでいる。 「卑留呼の残留思念に会ったよ」 がたがたと震える体を捕えたまま、さらりと告げられた。 「卑留呼……」 恐怖に染め抜かれていたナルトの思考に、その名が浸透するまで一拍を要した。 そうだ。元はと言えば、ナルトが未来へ飛ばされたのは彼が原因の可能性が高い。 カカシの異変に思考がいっぱいいっぱいで、考えることさえ忘れていた。 卑留呼に会った。 背筋を凍らせる恐怖を振り払い、ナルトはカカシを仰ぐ。 「卑留呼は、何て」 「月が欠け始めたら」 ぽつり、呟かれる。 「扉が開くと言っていた」 「……扉」 「察するに、時空間の扉ってとこかな」 色のない答えが返されるが、ナルトはそれどころではなかった。 それは、つまり。 「帰れる……?」 思わず喜色が浮かんだ。 忘れた────考えないようにしていた。 この世界の異変も気になるけれど、やはりナルトが生きるのは、ここより過去の時間であり、ナルトにとっての現在だ。 帰れる。はっきりと示された道筋に、歓喜さえ覚え。振り仰ぐようにカカシを見たナルトは絶句した。 「帰れる、って何」 凍りつきそうなほど冷たい目が、ナルトを見ていた。 「先生……?」 吹き飛んでいた恐怖が瞬く間に甦る。 先程までの、どこか歪んだようなさまとも比べ物にならない。純粋な狂気がその眸に宿っていた。 「帰れると思ってるの」 いびつな笑みが青白い容貌に浮かぶ。 「オレが、帰すと?」 くつくつと笑う。 何かのスイッチが入ってしまったかのように、カカシが嗤う。 その光景が信じられなくて。 ナルトの頭をくしゃりと撫でて。調べてみるから、思いつめるな、と。言ってくれた。 信じたくて。 「カカシ先生……何、言ってるってば……? オレの時間は、ここじゃない……先生だって、知ってるはずじゃん……オレにとって、ここは、未来で、」 喉につかえそうになりながら、どうにかナルトは言葉を吐き出した。 「だから?」 無慈悲に遮られる。 「お前は、ここにいるでしょ?」 「先生」 噛み合わない。 「ここに、いるじゃない」 腕を掴まれる。 咄嗟にナルトは振り払おうとした。 カカシの気配がぎちりと怒りに染まる。 「許さないよ?」 床に叩きつけられる。 痛みに顔をしかめる間もなく、腕を一まとめにされた。 「オレは、許さない」 その目は怒りにぎらついているのに、何故だろうか。 どこか焦点の合わない、遠くを見ているような目に、覚えがある。そう思った瞬間、体の芯まで凍みるような恐怖は霧散していた。 ぎらりぎらりとナルトを睨み付ける目だけが光る、カカシの能面のような顔が、まるで泣いているようではないか。 怒りの奥に巧妙に隠されているのは、────怯えだ。 カカシは、怯えている。 ナルトがいなくなることに。 看過したナルトの変化を疎ましいとばかりに、カカシは舌打ちすると、ぐいと顎を持ち上げる。 思わず開いた口に、無遠慮に濡れた舌が押し込まれた。 「んんー……っ」 熱い舌が遠慮なく口内で暴れまわる。 「ふ……っ、ん、う……っ」 息苦しさに反射的に胸板を押し返せば、頭を鷲掴まれ強く押し付けられた。 逃げる舌を絡め取られ、吸い上げられる。飲み込みきれない唾液が口から溢れ、首筋を伝う。 五日ぶりのキス。 激しさを増す一方のそれは、ナルトの呼吸など顧みない。 次第に朦朧とする意識の中で、ナルトはやはり、カカシは怯えているのだと思った。 「……は、あッ」 ようやく解放され、一気になだれ込んできた酸素にむせ返る。 どうにか呼吸を整えると、先程までの激しさが嘘のように、カカシは俯いていた。 銀の髪に隠された顔、肩が微かに震えているのは目の錯覚ではないだろう。 「許さない…… 弱弱しい声が、耳朶を打った瞬間──── 轟音を立てて、玄関が蹴破られた。 「……は」 二階にいてさえ驚愕するような破壊音。 その衝撃でぐらぐらと家の骨組みから揺れるのを感じる。 切羽詰ったような、張り詰めた空気が一気に消し飛んだ。 気が付けばカカシも、何が起こったのかわからない、というような風情で呆然としていた。 「カカシ先生ェーッ!!」 ごうごうと響く怒声は、大人びていたが、ナルトが聞き間違えるはずもない。 サクラの声だ。 「いるんでしょ、あがるわよッ」 カカシ相手に返答などはなから期待していないのか、サクラは大声で告げると足音も荒く上り込む。迷いなく階段を駆け上がり、ナルトを床に縫いとめたままのカカシを見下ろした。 噴き上がる怒気を纏ったサクラは、ナルトに目を留めて、大きく目を見開き。 前触れもなくぼろ、と涙を溢れさせた。 「先生、何考えてるの?」 「ッサクラ!」 「ナルトは、死んだのよ。カカシ先生」 教え諭すような口ぶりに、何故か狼狽したのはカカシのほうで。 戒める手の力が緩んだのをいいことに、ナルトはカカシを押しのけた。 いとも容易くカカシの拘束から逃れたナルトは、仁王立ちするサクラの横をすり抜け玄関へと向かう。 背後から二人が名を呼ぶのが聞こえたが、知らぬふりをして外へ飛び出した。 サクラの口から知らされた己の死に衝撃はなく、ああやはり、という思いが強かった。部屋を見た時からある程度、確信していたのだから。 走っていた足を止める。 逃げるように出てきた。何から逃げたのか。 泣いていたのはサクラだった。 泣くことさえ忘れたような顔を見せたのはカカシだった。 胸が痛い。ずきずきして、呼吸が苦しい。今までで一番、痛くて、かなしい。 「……カカシ先生ェ」 ナルトはしゃがみこんだ。 どこをどう走ってきたものやら、里の外れまで来てしまっている。息を吐いて、辺りを見回してナルトは愕然とした。 曲がりなりにも忍五大国の一つ。円状に広がる、その隅まで活気に満ちていた里の姿はどこにもなかった。 うらぶれた通り、割れたままの窓ガラス。この一帯に人の住む気配は絶えて久しいと一見して分かる。 見上げてナルトは更に驚愕した。 里の象徴、火影岩が割れている。修復された後から、更に壊されたと如実に分かる破壊痕。まともな形を残しているのはわずか一つ二つばかりで、何人刻まれていたのかさえ定かではない。 木ノ葉の誇りが蹂躙されたまま、放り出されている。 黒い煙が里のどこかから上がっているのが青空によく見えた。 ひゅう、と喉が鳴る。 忍界大戦だと言っていた────里の、この荒廃はなんだ。 第三次まで続いた大戦中でさえ、顔岩が破壊されることは木ノ葉を侮辱されることと、その威容は常に保たれていたと聞く。 風に乗って運ばれてくる血と硝煙の臭い。カカシの服にいつも染み付いていた。 ゆるゆるとナルトは首を振った。 「何だってば、これ……!」 [ text.htm ] |